【本の感想】半導体超進化論 世界を制する技術の未来

今回読んだ本は『半導体超進化論 世界を制する技術の未来』(著者:黒田 忠広)です。

社会にとって欠かせない存在となった半導体

コロナ禍によるリモートワークの急速な普及と、それに伴ったパソコンなどの電子機器の需要の増大や、ロックダウンなどによる工場の操業停止によるサプライチェーンの乱れなどによって、半導体が足りなくなったのは記憶に新しいかと思います。
また、半導体は最新鋭の軍事兵器にも多く使用されていて、半導体技術が兵器の優劣を決める要素であるがために、最先端の半導体を巡って、米中が熾烈に開発競争を進めてきました。
また最近はChatGPTを代表とする生成AIの急速な普及によって、世界中でAIに使用する半導体を競い合うように取り合っているようですね。
半導体はかつて「産業のコメ」と呼ばれていましたが、もはや社会にとって必要不可欠なものとなりました。
そのような背景もあって、最近は半導体に関する著書が数多く出版されていますよね。
書店に行くとほんとに多くの半導体関連の本が並んでいて、関心の高さがうかがえます。
関心を集めているのは投資家も同じで、半導体の受託製造の世界ナンバーワンであるTSMCは5000億ドルを上回っておりアジアの企業でトップ、半導体製造装置メーカーでEUV露光装置の世界シェア100%のASMLは時価総額3000億ドル超えで、日本で最も時価総額の高いトヨタ自動車(2800億ドル)を上回っています。
最近では生成AIの登場によるAI向けの半導体に適しているとされるGPUの設計の世界シェアトップのNVIDIAが時価総額が1兆ドルを超えたことで話題となりました。
GAFAMに代表されるようなIT業界が世界を席巻する中であって、ものづくりの会社でこれほどまでに大きな注目を集める業界は、半導体業界を除いて他にないのではないでしょうか。
かつてはものづくり立国であった日本は今やそこには食い込めていません。
そんな中、日本政府の強力なバックアップのもと、2022年8月に設立された半導体メーカーのラピダスです。
日本の半導体産業は世界の先端半導体市場から何世代も遅れていますが、一足飛びに最新世代の半導体を生産しようという試みです。そんなラピダスと同じ目標を掲げているのが、著者がセンター長を務める東大のd.labと理事長を務めるRaaSです。そこでの著者の取り組みと今後の半導体業界の展望について、本書では詳細に記されています。

半導体業界に携わっている方はおすすめ

専門的な用語がでてきますが、基本的には本書の中で解説されているので、半導体業界に携わっていない方でも無理なく読むことができるかと思います。私の仕事は半導体業界のお客様が多く、何か得られるものがあるのではと思い、本書を読みましたが、私自身は半導体産業に勤めているわけでもなく、知識もほぼありませんでしたが、おおむね理解できました。
また、半導体の最先端について記されているため、同業界への就職を考えている学生さんや、企業への投資を考えている方などが、業界研究のために読まれるのはちょうどよいのではないかと思います。
内容は充実していますが、コンパクトにまとまっていて短時間で読み終えることができるかと思います。

著者について

著者は東京大学大学院教授の黒田 忠広 氏。研究センターd.labのセンター長であり、技術研究組合RaaSの理事長でもあります。(d.labは2019年に設立された大学の社会連携をオープンに行うことを目指したセンター。RaaSは先端システム技術研究組合(Research Association for Advanced Systems)の略称で産官学連携を情報管理のもとで行う研究組合)

本書の構成

6章から成っており、章間にコラムがあります。
正直なところ、各章のタイトル名からは内容が想定しづらく、この章では何について述べられているのか?を心構えしづらくやや読みづらかったです。
また、同じ章内でも節ごとにコロコロと話題が変わることがあり、その唐突感から結局何が言いたいのかよくわからない事があり、何回か読み返しました。
さらに、同じことが章を跨いで何回も書かれており、「これさっきも読んだような…?」となることがありました。
大事なことなので何回も書いているのかもしれませんが、若干のクドさを感じたのと、文字数稼ぎに同じことを何回も書いているかのように感じてしまいました(笑)
ただ、内容はさすがは東大で最先端の研究をされているお方。難しい内容を門外漢の私でも理解できるわかりやすい文章で解説されておりました。

汎用チップから専用チップへ

半導体には汎用チップと専用チップがあります。汎用チップはどのような処理も行うことができるチップです。処理の手順とデータをメモリから読みだして、プロセッサが処理したデータをメモリに戻すというものです。このような処理を行うコンピューターは「フォン・ノイマン・アーキテクチャ」と呼ばれ、これまでの世のコンピューターはこの方式が採用されてきました。そのため汎用チップは大量に売れています。
一方の専用チップ(ASIC)はその名の通り、特定の用途のために設計されたもので、汎用チップのような無駄がないため、エネルギー効率は高いですが、高価格になるのが特徴です。
この先データ社会がさらに加速すると、データの量が急増し半導体のエネルギー消費が爆増することが懸念されています。このままのペースで行くと、2030年には現在の総電力の倍近い量をIT関連だけで使用することになり、2050年には約200倍にまで増加してしまうという予想されています。とんでもない量ですよね。このままでは環境負荷が増すため、エネルギーの効率化は避けられない課題です。
これからの半導体業界はASICが大きな役割を担うであろうというのが、著者の考えです。GAFAが独自の専用チップの開発に乗り出していることからもうかがえます。ASICの開発コストを1/10にして、アイデアのあるものが誰でもASICを設計できるようにし、さらに最先端の半導体技術を用いてエネルギー消費を1/10にすることが筆者の目指す世界として述べられています。

2Dから3Dへ

チップ上に集積されているトランジスタの数が多いほど、チップの性能は向上します。できるだけ多くを集積するためにはプロセスの微細化が必要となります。1965年、インテルの創業者のゴードン・ムーアは「同一面積当たりのトランジスタの数は18ヶ月で2倍になる」という予想を発表しました。微細化技術の向上によって半導体の回路の幅はみるみる小さくなり、ムーアの予想の通りに発展してきました。しかしその法則に近年限界が来たのではないかとささやかれています。回路の幅が数nmにまで微細化が進み、原子一個分の大きさを考慮する必要が出てきたためです。
原子レベルの回路においては、本来流れるはずのない箇所に電気が流れてしまう現象が起こります。これをリーク(漏電)といい、大きな問題となっています。これを解決するための方策として考えられているのが、半導体の三次元化です。
リークの原因はゲートと呼ばれる電荷の流れを調整するための門のようなものの支配力が劣化することだといいます。これは構造を三次元構造に変えることで解決ができます。FinFETと呼ばれる構造は16nm世代の半導体ですでに実用化されています。2nm世代になるとGAA(Gate All Around)と呼ばれる形式が主流となるようです。
また、演算よりもデータの移動に大きなエネルギーが消費されてしまっています。そのため、メモリとプロセッサの接続距離を短くして、かつ接続数を増やして無理のない速度で信号転送をすることで改善ができます。それを実現するためにはチップを積み重ねて短距離で接続させる三次元の構造が不可欠になります。

半導体の民主化 誰もが専用チップを作れる時代へ

  • コスパからタイパ重視へ
大量生産・大量消費の資本集約型から人間中心、個が知恵を出し合う知識集約型社会にシフトすると考えられています。大量生産の時代ではコストパフォーマンスが重視されていましたが、知識集約型社会においては個を活かすためのプラットフォームづくりから始まり、その時点からスピードが勝負を決するでしょう。
半導体事業においても同様で、部品としての半導体にはコスパが求められていたが、データ社会においては通信機器や産業ロボットは社会インフラとなり、先に市場に出たデバイスが広く使われることとなり、のちにコスパの良い製品が出ても10年は買い換えないために、乗換は起こりにくいといいます。つまり半導体の開発においてもタイムパフォーマンスが重要となってくるのです。
  • アジャイル開発に取り組む東大
半導体の開発においては、ウォーターフォールモデルと呼ばれる手法が広く用いられてきました。これは最初に仕様と計画を決定し、計画に従ってトップダウンで開発・実装を行うもので、チップの開発はこの手法に則って行われてきました。一方で真逆の手法である、小さい単位で実装とテストを繰り返して開発を進めるボトムアップの手法を、アジャイル開発といいます。東大はこのアジャイル開発をチップの設計・検証に適用しています。このアジャイル開発の手法を適用して、パワーを桁違いに削減できるASICを開発できるようにすることを研究目標としています。システム開発者が自らASICを設計できる世の中の実現、シリコン技術の民主化を目標として掲げているようです。

感想

半導体開発の最先端の動向について、知りたくて本書を読みました。内容としては期待通りで東大で取り組まれている最先端の研究開発の一部を垣間見えた気がしています。本書を読むと日本の半導体業界が巻き返しに向けて本気で取り組んでいることがうかがえました。これからも半導体業界の動向について、注意深く見ていこうと思いました。


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